西周の「心理」と「物理」

はじめに

 近年、製品においてUserExperienceという顧客の体験価値をプロダクトに考慮する例が増加している。つまり物理的な実体に対し、心理的な概念についても考慮し、製品づくりを行なっている。近代では物理的な形状や機能などが良ければ良しとされていたが、昨今はサービス的な観点からも心理的な面の考慮が重要となっている。ただこうした物理と心理の関係性は抽象的なものであるからか、曖昧となっており、深くその関係性について考察することは少ない。そこで今回は、啓蒙思想家であり、多くの西洋の学術思想等を日本へ導入し、大きく影響を与えた西周が考えた「心理」と「物理」の関係について追うことで、現代の製品における「心理」と「物理」の関係について考えたい。

1.西周とは

 西 周(にし あまね)は、文政12年(1829年)3月7日に生まれた啓蒙思想家である。西洋の学術思想の日本への導入にあたり、「哲学」という言葉をはじめに翻訳において大きく影響を与えている。

 西は大阪にて儒学を学び、江戸にてオランダ語・英語を習得したのち、幕府の蕃書調所教授手伝並としてオランダに約3年の留学をする。ライデン大学にて政治・法律・経済・統計・哲学を学ぶ。後に多くの論文を発表、西洋哲学・論理学等の導入者として、「存在」「実体」「関係」といった概念的なものから「科学」「医術」「芸術」「農業」「数学」などまで訳語を作成している。

2. 物理と心理

2.1 物理と心理とは

物理を人々を取り巻く「天然自然の理」、心理を人々の心の中にある「人間の心理に存する理」とし、心理を「後天の理」と呼んだ。また、こうした「後天の理」に従い、法や制度を作ることを「道」と呼んだ。このような「道」によって作られた法や制度が人々の相互の「自愛自立の心」を尊重し、文明というものを可能にすると西は指摘している。このように、人々の自愛自立の心の尊重や文明を可能にする「心理」は重要であることがわかるが、西はこうした心理だけが重要ではなく、「物理」も「心理」も両方が大事であるとしている。心理と物理は互いに干渉しあうものであり、はっきりと区別しがたいものだと指摘する。西は、西洋では唯物論に基づき「物理こそが学問である」と主張する傾向に対し、唯物論という物質主義に溺れている説であり、むやみに従うものではないとしている。以上のように、西は心理と物理ははっきりと区別できるものではないと指摘する。

2.2 物理と心理の関係

 西が考える「心理」と「物理」の例として、500km離れた子と親の帰省の例を挙げる。図1のように、500km離れた子と親の距離では、帰省するにしても、徒歩だと数十日を要するため、それでは自分の仕事ができなく、毎年するというわけにはいかない場合が殆どであったが、図2のように、汽車のおかげで1日で移動できるようになると毎年帰省できるようになり、心理的な変化が生じる。つまり物理的条件の変化が心理への変化に影響している。このように、心理は物理に従って変化するので、物理は心理より重要であるように見える傾向があるとしているが、その中で西は、物理を利用するのは心理であって、物理はあくまでも心理によって使われるようになると指摘している。

図1
図2

西はこうした心理と物理の関係を「心理と物理は相互に干渉するものだが、まずは心理が進展し、次に物理が進展する。そして、物理が進展することで心理がますます明らかとなる。」と関係付けている。つまり、自分が置かれた状況や経験から何かを発想し、その発想に従って環境を変化させる、そしてその環境に応じてまた新たな発想が生まれるという「心理→物理→心理→・・・」という関係性を述べている。

3. 考察

 西は心理と物理をはっきりと区別し、どちらかに傾倒するのではなく、その両方を考慮することが重要であることを指摘している。その上で、物理を使うのはあくまで心理であり、心理の進展から物理の進展に移ると、心理の順序関係を指摘していた。

これまでのものづくりは物理的な凄さを何よりも重要視する傾向にあったが、昨今注目されている「UX」や「ユーザーファースト」という言葉にあるように、顧客の心理的な価値から入り、製品といった物理を発展させていくものづくりは約200年前を生きた西の観点に通ずるものがあると考えられる。

西周の訳語について興味深いものも多いため、今後そちらの方を掘り下げてみたい。

参考文献

・小坂国継(2013)『明治哲学の研究:西周と大西祝』岩波書店

・鈴木修一(2002)「西周 致知啓蒙を読む(上)」,『人文研究:神奈川大学人文学会誌』147,pp.1-30,神奈川大学人文学会

・鈴木修一(2003)「西周 致知啓蒙を読む(下)」,『人文研究:神奈川大学人文学会誌』148,pp.1-41,神奈川大学人文学会

・西周全集 第1巻

・張 厚泉(2015)「東洋学研究情報センター、西周の翻訳と啓蒙思想(その一) ――朱子学から徂徠学へ、百学連環に至るまで」,<http://ricas.ioc.u-tokyo.ac.jp/asj/html/067.html>

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